「日本人の得意技」 – インフォーマル・ラーニング2 –

 前回述べたインフォーマル・ラーニング、実は日本人の得意領域。

 欧米人がやたらにインフォーマル・ラーニングを取り上げ始めたのは、個人主義が進みすぎたことに対するコンプレックスや反省ではないかと思います。

 日本の会社は家社会、日本型の人財マネジメントは家族主義。先輩が後輩を教え、職人は達人の技を盗み、匠の技はコンピュータ制御では達成できない金型や伝統工芸を生み出します。

 ジョブ・ディスクリプションに縛られ、個人主義で「これは私の仕事ではない」と言い切る社会では見かけない光景なのです。

 一方、インフォーマル・ラーニングの弱点は効率の悪さ。計画的に学ぶプログラム体系があると、学びの品質は安定するし、知識移転については漏れが少なくなります。つまり「育つ奴だけが育つ」という落ちこぼれリスクは少なくなるわけです。

 このように整理してみると、フォーマル・ラーニングは管理社会の理論によく似ています。私はいつも主張していますが、「管理」でできる仕事には限界値が存在し、契約書の条項と同じように、全て管理でまかなおうと考えると、非常に大きな管理コストがかかります。全ての場合分けを想定して規則づくりや契約の文言を考えると大変なので、「双方の協議により….」と記述する場合は、曖昧にしたリスクを残す反面、管理コストを下げているのです。また、管理で仕事を進めようとすると、ビジネスモデルの転換といった大きな仕事はなかなか出てきません。

 個人の裁量を活かすエンパワーメントは、この問題を克服するための考え方ですが、インフォーマル・ラーニングも、フォーマル・ラーニングを補完する位置づけで考えていくべきでしょう。

 多くの企業の研究開発部門においてもweb2.0の技術を用いて、ブログやコミュニティの知恵をインフォーマル・ラーニングとして活かしていこうと考えています。

 フォーマル・ラーニングおよびインフォーマル・ラーニングの投資対効果を測定した事例がありましたが、圧倒的にインフォーマル・ラーニングの方が投資対効果は大きいことが示されていました。フォーマル・ラーニングをシステマティックに管理し、インフォーマル・ラーニングを支援する環境を整備して、メンター制度など仕組みづくりをすることが人財開発の最先端です。

 P.S. 昔話を思い起こせば、ダメ・コンサルタントもしくは平均的コンサルタントは、「研修を受けていませんから….」、「まず研修を受けてから….」という発言を繰り返すばかり。知識教育であれば、フォーマル・ラーニングは効果的ですが、応用編は必ずしもフォーマル・ラーニングでカバーしきれません。最も優秀なコンサルタントは、トレーニング・マニュアルを自習し、お客様と会話しながら、自ら試行錯誤を深夜まで繰り返し、トップ・コンサルタントになっていきました。

「背中に学ぶ」 – インフォーマル・ラーニング1 –

インフォーマル・ラーニングが海外で話題になっています。

私が最初にこのブームを知ったのは、2007年の米国ラーニングベンダー各社CEOのインタビューでした。各CEOが、ステレオタイプの見本といった感じで、インフォーマル・ラーニングとコラボレーションの重要性を述べていました。

 その年のASTDやSHRMの年次大会でも、色々なセッションで取り上げられたようです。さて、そのインフォーマル・ラーニングとは何でしょう?

 フォーマル・ラーニングとは、計画されたトレーニングや全員が受けるテスト、必読の書つまりリーディングアサインなどです。それに対して、インフォーマル・ラーニングは、「背中に学ぶ」というか、公式なトレーニングではない場で学ぶことを指しています。経験と表現してしまうと定義の範囲が広すぎますが、正式なトレーニングでは得られない学びの項目は山ほどあります。

 身近な一例をあげると、我々が社内の最新情報を得るとき、各国のコンサルタントやマーケティング部門もしくはトレーニング部門のトレーナーが、インターネット経由の仮想のセッション、つまり遠隔での擬似クラスルームを設けてくれます。このクラスルーム自体は、フォーマル・ラーニングの一部ですが、後にこの録画セッションを自発的に聞いたり、またこのセッションの中で他の参加者が投げる質問や意見は、インフォーマル・ラーニングに繋がってきます。

 「お馬鹿な質問しているなあ」と感じるときもありますが、「前提知識がないと、このような発想をするんだ」とか、「その意見はごもっとも」と納得することも多く、知らないうちにより深い学びに繋がっていきます。教科書よりも、それらのメッセージの方が印象に残り、生きた学びとして定着していきます。

 次回は、インフォーマル・ラーニングで気づいた点とその効果、人財マネジメントとの関連などを書いてみます。

「研修の罠」 – 仮想社会 –

 セカンドライフ、サードライフ。いくつも人生がやり直せるようになった。

 リンデンラボのセカンドライフ、入ってみましたか?(もう潰れていますが)

 RMTで、お金のやり取りもできるので、ほぼ現実の世界と変わらない。ゲームの世界もそうだが、いわゆる「ハマる」と、現実と仮想空間の区別がわからなくなる。怖いし、ハマっている人をみると気持ち悪い。実際、仮想の世界を現実と混在させて、自分を救っている人も多い。現実の世界では達成できないかわりの代償行動(substitute behavior)であり、仮想世界に身をおいて投影(projection)する心理学でいう防衛機制の1つだ。

 私自身は、そもそも画面の動きについていくこと自体に脳が反応しきれなくて、酔ってしまう。ああ、気持ち悪い。慣れてしまうことも恐ろしいので、無理して続けないことにした。

 あるパーティで書いてもらった似顔絵。これもある意味で仮想の世界だ。描いてくれた人は、プロの似顔絵師のMさん。全米似顔絵コンテストで3位の素晴らしい人だ。私の似顔絵だと素材がよくないのであまり面白くないが、他の人が描いてもらったものを見ると、見事に特長を捉えている。

 人財育成の世界において、永遠のテーマといってもおかしくないのが、研修の効果測定である。色々な人が研究を続け、その効果を明示的に証明しようと努力してきた。研修の狙いも色々あって、モチベーション向上や資格取得など様々だが、ビジネスの世界においてはやはりROI、企業にどのような利益をもたらしたかであろう。

 一流の研修講師が本音を話していた。

– 「講師と研修の評価は、研修が終わったときに受講者がどの程度その気になっているかなんですよ。」
– 「リーダーシップの研修が終わったときに、自分はリーダーになれると思ってもらえれば、アンケートの評価も高いのです。」
– 「でも実際、1週間も経てば、すっかり忘れてしまって、リーダーどころか足を引っ張っている人もいます。」

「犬も木に登る」とはこのことか。

 映画館でアクション映画を見たとき、自分はヒーローになって、世の中に怖いものはなく、正義心のかたまりとなる。またまた、ラブロマンスを見た後に、となりの恋人と永遠に自己犠牲の愛が続くと錯覚する。
 
 
 しかし、1時間もすれば現実に立ち戻り、スーパーマンのように空を飛べると夢見ることもないし、恋人とも喧嘩が始まる。

 研修は仮想の世界では困る。しばらくの間その気になるだけでは効果は無い。このような研修にコストをかけている企業がどのぐらいあるだろう。学んだことの定着は、全て本人の姿勢である。ここに「学習」と「研修」の違いがあると私は思う。「自ら目的を持って学ぶ」これこそが、仮想の世界で終わらないための大切な要素なのだ。

「学習意欲」 – 成長のエンジン –

 ビジネスの世界における成長とは、過去の経験を活かし、より良い判断、生産性の高い仕事をしていくことをいう。成長することに対する期待値がポテンシャル、成長することがビジネスパーソンとしての人財価値の向上である。

 具体的には、意思決定が必要な仕事であれば、リスクと結果を予測して最適値を導き出す能力が向上すること。例えば企業買収などの大きなリスクを伴う意思決定や、顧客からのクレームといったトラブル対応の適切な対応が挙げられる。

 技術であれば、経験や訓練を積むことによって素早く難易度の高いものを処理していくことができるようになることが「成長の証」である。ものづくりであれば、品質やスピードが違ってくるし、医師を例にとると、症状を診断し、正しい処方を施すことができる能力である。名医ともなれば、教科書的に処理するのでなく、患者の特性やその時の症状を考慮して薬の量を調整したり、投薬のタイミングを変える。外科であれば、手術そのものに巧みの技が表れる。「名医になるためには何人かを犠牲にしなければならない」なんて友人の医者は言っている。物騒な話であるが、事実である。医師の仕事において、99%ともいえる一般的な処方や処置は、医学知識があれば誰でもできるが、残りの1%の難しい処方や手術は、名医と普通の医者では雲泥の差がでるという。

 皆さん、「ここぞ!」というときは名医を探しましょう。

 成長を助長するものとして、私は下記の3つを重視している。つまり成長のためのエンジンである。

– 素直な心
– 学習のインセンティブ
– 変化性向

 「素直な心」、これは子供達が証明している。透き通った目で物事を吸収していくのでどんどん成長する。後輩を指導しても、素直でない社員は育たない。疑問を持つことは大いに結構、ただし検証の努力やそれ以上の勉強なくして、あまのじゃくになっていても絶対に成長曲線はジャンプしない。

 「学習のインセンティブ」、これは、モチベーションに近いものがある。学習する目的がないと、そもそも人は学習しない。目的を持った学習こそが最も効果的な学習である。自分の役割、使命を遂げるために能力を磨くこと、そしてその磨かれた能力によって成果をあげた結果、報酬に繋がれば、学習のインセンティブは大きい。人の命を救うことや人類の進化に貢献することも社会的に意義のあることで、これも大きな学習のインセンティブである。立派な大人になりたい、憧れのスターになりたいというのも子供にとって、大きなインセンティブである。学習のインセンティブは大きな成長のエンジンである。

 「変化性向」、現状に流されること無く、常に変化を追い続けること。これが最も難しい。知的好奇心が強い人は、変化性向の強い行動をとることは比較的容易かもしれないが、変化をリスクと感じる人には恐怖感が伴う。この恐怖感を克服した人は、明らかに成長する。健康な脳は絶えず刺激を求めているので、何も刺激のない状態、例えば真っ暗な音も遮断された部屋に閉じ込められると幻覚を覚える。成長するためには変化を求めていかなければならない。

 よく「失敗を恐れず」と言うが、サルでも失敗した経験のあるサルの方が発達している、つまり成長しているという。

 さて、あなたの成長のエンジンは何でしょうか?

「日本企業のグローバルガバナンス」 – 頑張れ日本企業 –

グローバル企業に勤めるにあたり、気づいた点というか再認識させられたことは、日本企業のグローバルガバナンスの弱さ。特にITの領域は、ほとんど野放し状態である。

海外のIT責任者と話をするとよくわかるが、本社側のガバナンスはほとんど効いていない。これは以前ERPを取り扱っていたときとほとんど変わっていない。つまり20年前とあまり状況が変わっておらず、失われた20年状態である。

20年前に何が起こっていたかと言うと、日本企業の現地法人のITアプリケーションは、多くのものが現地任せ。「各国の現地事情に合わせた選択」、一見当たり前のようであるが、実は言語の壁もあり、「ガバナンスするのが面倒、勝手にやってよ。」というのが本音ではないだろうか。挙句の果て、グローバルでデファクトになりつつあるものが逆輸入されてくる始末。

ガバナンスを辞書で調べると、「統治、管理、支配」。いずれもあまり心地よい言葉ではない。よく聞く言葉として、コーポレートガバナンスは皆さんご存知であろう。企業統治という翻訳は適語かもしれないが、ニュアンス的にはなかなか日本人にはなじみにくい言葉と思う。グローバルガバナンスも、政治学だと「国際社会の統治」という意味になり、IT領域におけるグローバルガバナンスとは意味が違う。

日本企業の現地法人の例を述べたが、欧米企業のグローバルITプロジェクトのやり方はまったく異なる。最初からグローバル・ワンボックスが前提で、同じソフトウェア、できるだけ統一したオペレーション、1つのデータベースが常識である。間違っても「各国好きなように」とはメッセージしない。狩猟型民族と農耕型民族の違いもあるのであろう。全世界のデータを「見える化」させようとしているし、ITもプロセスもグローバルな視点と範囲で最適化しようとしている。収益率を計るROA等が欧米企業と大きく差を空けられているのは、こういった最適化度合いも一要因である。
急速にクラウド化が進んでいるので、地勢的な環境はなくなり、グローバルな統一環境は促進されると思われるが、グローバル環境下におけるリーダーシップとガバナンス力はもっともっと強化していく必要がある。

日本の人財マネジメントを考えた場合、これからは狩猟型人財を育てなければダメ。待つだけでは大切な畑を荒らされるだけで、餓死してしまう可能性がある。

一方、異文化のギャップを感じやすい立場にある分、日本人はローカライズが得意。アメリカでしゃぶしゃぶレストランに行ったら、七味(しちみ)唐辛子が置いてあった。なんと英語名は’Nanami’と表現されている。元々「ナナミ」と呼ばれることもあったようだが、海外で発音し易いように意図的に「ナナミ」を適用したと思われる。

もう1つ、飲み物としてカルピスウォーターを注文したが、これも’Calpico’と可愛いネーミングがされている。

日本と同じ命名だと、とんでもない意味になるので、変更されたようだ。この「とんでもないもの」は何か?皆さん、頭の体操にお考えください。

「ベンチャー企業のスーパーレディ達」 – can do attitude –

今回はベンチャー企業におけるスーパーレディ達を紹介したい。
外資系ベンチャー企業で活躍するスーパーレディ達もなかなかのものである。完成しているところ、未熟なところ、人間なので両面併せ持っているのは当然であるが、基本的には尊敬できる人々であった。リスクの多いベンチャーで頑張れる人財そのものが貴重である。

まずはMさん。MBAホルダーで利酒師(ききざけし)、将来はお洒落な飲み屋開業を狙っているらしいが、現在はシニアコンサルタント。製品知識では誰にも負けない。韓国のプロジェクトを見事に納めたグローバルプレーヤーでもある。米国在住の時にこのベンチャーを知り、日本へ帰国後応募してきた稀有の人財。当初はこんなベンチャーに入社してしまって、大いに後悔したらしい。真面目な性格で、いい加減な私はいつも叱咤されている。

次にNさん。日経ウーマンにも登場したバイリンガル人財である。とにかく素晴らしい点はプロアクティブなこと(先手必勝)。経験はまだまだかもしれないが、自分で考え、自分で物事を進めていく姿勢を持っている。「前例がない」、「ルールがない」と止まっている人はどんどん置いていかれる世の中である。そんなことを言っていると、ベンチャーではとても務まらない。ここまで書くと、なんでも勝手にやってしまう野放し状態に聞こえるかもしれないが、しっかり報告し、レビュー・ミーティングも自分でセットしてくれる。「びっくり癖」と呼ばれているが、なんでも驚くのでとにかくわかり易い。

コンサルタントのAさん。とにかくセンスが良い、センスの良さは、資料にはっきり現れる。見やすく美しい。こちらはいくら努力してもソコソコの出来上がりにしかならないが、Aさんの資料は見る気にさせる資料になる。クライアントに対する説明も、要点を得たもので、わかり易い。これも1つの才能だと思う。昔、私もコンサルティング技法を学んだとき、「Talk Net(簡潔に!)」を教えられた。ダラダラ説明したあげく、何を説明したいのかよくわからないケースは最悪だ。

もう一人のMさんも独自の世界を持っている。学会活動や論文記述が大好きである。なんとお祖母さんの兄が、日本のテレビの父と呼ばれる高柳健次郎氏だそうである(「イ」を映した発明者)。これはただ者ではない。自宅には多数のコンピュータを接続し、学習効果の因子分析を行っている。Sabaからコンピテンシー・アセスメントのツールがでてきたら、それはMさんの研究成果である。キャリアカウンセラーの有資格者でもあるので、将来に不安がある方は相談してください。

当初約束の2年を過ぎ、ベンチャーを卒業していったが、3ヶ国語を話すLさん。高い交渉能力とパワーは、弱い立場の日本を世界に認めさせた。とにかく個性的、よくコンサルタントで印象が薄い人はダメと言われるが、集団で訪問しても間違いなく一番目立つ。頭の回転の速さは、ピカ一、大学も大学院も特待生である。何か調査を命じたとすると、どこから見つけてきたのかというぐらい適切な情報を提供してくれる。しかも単なる情報の集まりだけでなく、エグゼクティブサマリーやファインディング、ケースによっては、付帯意見というか自分の推奨(リコメンデーション)がまとめられたレポートが指示もしていないのに報告される。とにかく仕事が早く、普通の人の2倍、能率の悪い人の10倍と言っても過言ではない。

文句も人一倍だが、土日のどちらかは働いていたほど仕事熱心。このような高パフォーマンスを出す反面、他の人の机まで雑巾がけしている人財であった。

印象に残っているのは、米国でセールストレーニングを受けていたときのこと。確か交渉技術やコミュニケーションがテーマだったと思う。ロールプレイをやり取りし、みんなインストラクターの話術に負けてしまう。ところがLさんだけは、素早く流暢な英語で切り返し、長いやり取りの末インストラクターが両手を挙げてギブアップ。世界から集まった60人程の外国人が大拍手、すごい!
私は単なるおっちょこちょいだが、不思議と私のことを今でも尊敬してくれている。

こういったベンチャーのスーパーレディ達に共通するココロ、それは「can do attitude」。たまに採用基準の職務記述に記載されているが、「とにかくやってみよう精神」である。チャレンジもしないうちから、色々言い訳したり、自分の閉じた世界での推測で「うまくいかないと思うので….」決めつけてしまい、前進しない人がいる。「ノー」というのは簡単、言い訳けを考える暇があるのなら、どうやって無理難題を解決するかを考えるべきである。

「ベンチャーに来たスーパーレディ」 – グローバル人財は日本に何人いるか? –

私の経営していた外資ベンチャー企業にスーパーレディがやって来た。

海外法人が日本支社を紹介したことがきっかけとなり、スーパーレディAさんはやって来た。香港のコンサルティング会社に依頼されて、日本の市場調査を実施しているとのことである。

アプローチ方法は見習わなければならない。紹介されてきたとはいえ、営業活動のたぐいと思ったので、最初のメッセージは「お断りモード」。マーケティングイベントや営業活動は、秘書が匂いを嗅ぎ分けて断ってくれるのだが、今回は当社のマーケティング担当者もクリアして、面会することになった。

まず驚いたのは、日本語が流暢で対応が日本的であること。例えば、頭を下げる仕草など。これは日本社会におけるやり取りを肌身で体験していないと出てこない。なんと日本に関わって16年とのこと。

キャリアも素晴らしい。プリンストン大学を卒業して、特別研究員として東京大学大学院で日本の防衛問題について研究し、防衛関係に詳しい国会議員の秘書として実務経験も積んでいる。フルブライト奨学生であったようだ。その後ファイナンシャルタイムスの特派員として自動車、電機業界を担当し、日本のテレビのコメンテーターとしてレギュラー出演している。その後英国に渡り、同じくレポーターの仕事をした後に、中国の特派員になっている。

日本語はしっかりしているはずで、JETROが設立したSir Peter Parker Awardsというビジネス日本語スピーチコンテストで優勝している。そればかりか、現在は中国に関する書籍を執筆中で、Penguin出版社から刊行される予定とのこと。中国語もかなりのレベルらしい。National Committee on US-China Relations Young Leaderフォーラムのメンバーでもあった。

ヨーロッパには複数言語を話す人間も数多くいるし、インドにおいては一国の中ですら6つの言語を操らなければならなかったりする。言語だけの問題であれば、もっと多くのノン日本人が働いていてもいいと思う。
しかし日本という国は、非常に閉鎖的で、ノン日本人が働きにくい国であると思う。街は英語表記すら少ないし、アパート1つとっても入居しにくい。入局管理局は親切ではないし、なんといっても文化的な壁、例えば、国籍の異なる人が一緒に働くことが一般的には常態でない。Sabaのオフィスは、小さくても韓国、中国、インド国籍の人が働いていたし、ヨーロッパやアメリカ、オセアニアからも応援が来てくれる。前述の不便さは、彼らのビザの取得や個人的な相談を受けるに至って、私自身初めて気づかされることになった。
東京オリンピックを契機として、改善されることを願う。

今頃になって、政府は少子化対策などと言っているが、フランスは既に特別の補助金などで少子化対策を終え、目標を達成しているし、アメリカなどは、我々の知らないうちに3億人に迫る勢いである。10年前、日本はアメリカの半分の人口と思っていたが、気づくと日本の3倍になっている。これも戦略的な政治施策で、増えた1億人のうち5000万人は移民である。フランスも米国も戦略、戦術に長けている。政府の戦略性の無さが、労働環境のグローバル化や外国人招致にも表れている。

日本において「人」、「物」、「金」、「情報」の4つの中で、グローバル化が一番遅れている分野は「人」だと思う。

スーパーレディAさんはこのような国で、立派に活躍している。なんとも頼もしいではないか。海外で、同じように活躍できる日本人は、何人いるだろう?

「興味と成長」 – カルバドス –

 りんごがビンの中に入ったお酒、何かわかりますか?

 りんごのブランデー、「カルバドス」です。似たようなお酒に、ぶどうのかす取りから作られた「マール」(樽漬け、フランス)、「グラッパ」(樽熟成なし、イタリア)があります。60度ぐらいの、ひっくり返るような強いものもあり、食後のデザート代わりに飲まれたりします。

 「カルバドス」はりんごの発泡酒シードルを蒸留させたもので、フランスらしく、シャンパンと同じように、ノルマンディ地方でつくられたものしか「カルバドス」と呼ばせません。

 あるレストランで食後に勧められたものが、写真の「カルバドス」です。なかなか美味しそうです。写真だとすぐに気づくと思いますが、大きなりんごが壜の中に入っています。ここで面白いのは、お酒そのものに興味が集中する人と、このりんごに目線が行く人が分かれるところです。ある人は、「これはお酒なのか?いったい何のお酒?」、別の人は、「どうやってこの細い壜の口から、大きなりんごを入れたんだろう?」という感じです。

 この興味の対象が人によって異なるのは当然です。ちょっと怖いのは、「なぜ?」という知的好奇心が薄らいだことによって、壜の口に対するりんごの大きさに興味を持たなくなることです。既に知っている人も、アルコールで酔っ払ってしまった人も問題ありません。ただし、そうではないのに気づかなかった人は要注意ですね。

 「歳をとると物忘れが多くなる」と嘆く人がいますが、それは経験が積まれるにあたって興味を失い、記憶の中の優先順位が下がってしまっただけです。脳みそは年齢で退化はしないと脳科学者は言っています。街角で気になる異性や芸能人、印象に残りますね。しかし普通の通行人の表情を覚えている人はほとんどいないはずです。

 「好きこそ物の上手なれ」とはよく言ったものです。好きだからこそ一生懸命やれて上達も早い。知的好奇心は「学びのきっかけ」。子供は何にでも興味を持ち、どんどん経験したことを吸収していきます。「なぜ?なぜ?なぜ?」を失いたくないです。

 P.S. 
もうお分かりかと思いますが、一応りんごの入れ方を解説しておきます。偽ボトルシップは壜をカットして、船を入れた後に元に戻すそうですが、このりんごも壜をカットしたりはしません。春先の実に壜を被せ、大きくなるまで育てていくようです。最初に考えた人は、きっと誰かをびっくりさせるために長い時間ニヤニヤしながら成長を眺めていたんでしょう。スローライフとはまさにこのことだと思います。

「企業文化と地域」

 米国の牡蛎(かき)に「ウェストコース・オイスター」と「イーストコースト・オイスター」があるのをご存知ですか?

 私は、甘さを感じるウェストコーストの牡蠣の方が好みです。大粒の牡蠣が好きな人は、イーストコーストのものがお勧めです。

 米国西海岸の陽気と、東海岸の生真面目さ。まったく違いますね。日本でいえば、大阪と東京、中国だと北京と上海、ヨーロッパだとイギリスとフランス、さらにはイングランドとアイルランドといった感じです。これは地理的な違いによる文化・風習の違いの一例ですが、私が経験した米国企業はやはり西海岸と東海岸では、企業文化に差があると思われます。

 スタートアップ企業をみても、西海岸では、学生時代からのアイデアが元になったアントレプレナー型の起業が多いのに対して、東海岸では、企業のドロップアウト型による起業が多いという印象を受けます。例外はもちろん存在するので、断定はしませんが、西海岸のずば抜けた陽気さが育む自由さと、人々をエンパワーし、とにかくチャレンジしてみようという気運は東海岸より勝っている気がします。一方、東海岸の企業は、統制がきっちり成されていて、統制型の企業文化が根付いています。

 さて、企業文化とは何か?

– 既存の価値観や伝統に基づく企業独自の性質や精神
– 社員の考え方や行動習慣の根本となるもの
– 企業文化とは、企業内の人間が共有する価値観、信条

など、色々な定義がありますが、私の定義は、「戦略を長期的に補完する社員の行動規範と価値観、職場の雰囲気」としたいと思います。

 以前、「楽しくやろう!」と声高に叫ぶ管理職がいました。飲み会もあれば、イベントもあるのですが、職場はまったく楽しくありません。この原因はよくわかりませんが、多くの人が「楽しくない」と言っていました。この管理職の行動を分析すると、とても官僚的、人の言うことを聞かず押し付けの価値観と命令が多かったと思います。多くのアイデアがある人々、積極的に提案をしていく人達を無言のうちに減らしていったのです。職場の雰囲気は、とりあえず言われたことをやるモードで、アイデアよりルールが最優先の職場は、アイデアパーソンを腐らせていきます。社員の行動を全てマニュアルに記載して、管理していくことは不可能です。接客技術の高いノードストロームやリッツカールトンの従業員がとった有名な行動は、マニュアルに記載されていたわけではありません。ルールになくても、基本となる信条に基づく行動が許される雰囲気が普段からないと、気持ちが萎縮してしまって行動に至りません。

 この企業文化、地域は関係あるのでしょうか?最近、自分のキャリア変更のタイミングで多くの企業幹部と会話しました。あくまでも私が接した印象ですが、やはり西海岸の企業の方が柔軟でした。いくつかの質問、提案、リクエストに対する反応があきらかに西海岸企業の方は融通が利きます。「Yes」ばかりではありませんが、一旦は検討してくれます。シリコンバレーのGoogle、Yahoo、Amazon新しいビジネスモデルは、やはり西海岸から生まれています。

 多くの異論があると思いますが、今日のところは西海岸に1票です!!

「自律型組織」 – 機会と成長 –

 丁度10年前、SAPジャパンで独立した社内カンパニーのリーダーになる機会を与えられました。人事モジュールの拡販とソリューションの提供を目的とした社内カンパニーです。ソニー等が先鞭を切って導入した組織形態で、持っている機能にもよりますが事業部制に近い概念の組織です。

 社内カンパニーを設立した理由は大きく2つ。

– 意思決定を素早く行い、直ぐにアクションを取って行くアジリティある組織にする
– 若い人財に権限委譲し自律型社員を育成する

 2つ目の理由は、当時の中根社長から直接聞いていませんでしたが、その社長が新人へのスピーチを行った際に「30歳代のカンパニー・プレジデントを創りたかった。」と話をしていたそうです。完全主義を超える厳しさで、鍛えてくれた中根さんですが、私と、若い組織を育てようと考えてくれていたのでしょう。

 「人の採用と配置」、「マーケティング」、「独自ソリューションの開発」、「戦略提携」など、勝手に色々なことをやらせてもらった。今思えば、ほとんど中根さんに相談したことはなかった。怖いもの知らずという年代であったかもしれないが、その背景にあったのは自己責任という気持ちが大きかったと思う。チームメンバーもカンパニー成功のために必死で働いてくれました。

 結果は官僚的な組織とは正反対。失敗も数多くしましたが、自分で判断、自分でアクションできる若い人々が多く育ちました。これはやはりこの「機会」を与えてもらったことが大きな成功要因です。優秀な人は山ほどいますが、多くの人々はこの成長の機会を与えられていません。みんなの素直な目線が同じ方向を向いていて、各人が自分の良さを発揮していれば、成果は必ず出ます。しかも自律型の組織は、行動が早いのです。

 P.S.
年末にこの組織の一部メンバーが集まりました。参加できなかった人も含め、多士多才。新卒だった人が立派に成長し、今では中堅、幹部として色々なところで活躍しています。中には若いながらもトップパフォーマーとして全社から表彰された人財もいます。やはり人の成長、組織の成功は、人々を信じることから始まりますね。